What about the children?

世界は悲しいニュースで溢れている。朝テレビをつけると悲惨な内容の報道が耳に入ってくる。だからニュース番組は嫌い。ほとんど見ない。自分見聞きする情報をコントロールするために新聞を購読し始めようかとも思ってる。見て見ぬふりしてもしょうがないけれど、本当に気分が悪くなるんだよ。ネガティビティに殺られそうになる。



だけど、このニュースは無視できなかった。


17歳の女の子が産んだばかりの赤ちゃんを橋の下に放置した事件。

女の子のお友達と2人で自宅で出産した後のことだと。


死体遺棄の罪に問われた。だけどもしかしたら彼女は加害者であるだけじゃなく、被害者にもなり得るのではないかと思う。


正しい方へと導く事も解決策を一緒に考える事も出来ず、心のケアもしてあげれなかった、自宅で自分たちの手で出産させて手当もせずに、小さな命を存在しなかった事にさせてしまったのは、もしかしたら周りの大人たちかもしれない。


心細かっただろうなぁ。女の子2人っきりでの出産はきっと辛かったと思う。絶対怖かったよね。


東京に住んでいた頃よりも、地元に戻ってきてからの方が、街で子どもたちに注目するようになった気がする。


なんていうんだろう、多分東京は人が多いから、いろんな人がいるから、地元に比べて子ども達が見ている世界が広いような気がするから、彼らの未来のことなんてあんまり気にならなかった。


だけど地元のゲームセンターで放置されている子をみると、キッズスペースで他の子に意地悪ばかりしていても近くで親が見ていない子がいると、マンションから飛び降りた中学生がいると聞くと、


あぁ、ちゃんと愛を感じる人生へと導いてあげるべきは、彼らに気付いてあげるべきなのは、周りの大人たちなんだよなぁと思う。それが全てではないのはわかっているけれど、幼少期に無償の愛をくれる人、思春期に心を許して話せる、ロールモデルとする人がいるかどうかで、思考がかなり変わってくると思う。


私は専門家でもなんでもないから、詳しいことはよくわからないけれど、子どもたちにはそんな環境でのびのび育ってほしいと思う。



実は私にとって大切な人が自殺願望があることを打ち明けてくれた。それは自分への甘えでもただの弱気でもなくて、本当の叫びだった。


自分は価値がない、愛されない」の思い込みは想像以上に根深くて、その子たちは一生その傷を負って生きていくとわかった。


もっと早く気付いてあげれなかったこととサポートできなかったことをすごく後悔した。

これをどうアクションへ繋いでいくか、


まずは自分が成熟した、愛のある存在でありたいな。



Cup of Grace

1杯の紅茶と溢れるほどの恵

0コメント

  • 1000 / 1000