原点回帰
「インスタはよく見るけど、実際フランス生活どうよ?」
と連絡くれる方もいますが、
とりあえず、こっちでも楽しくやってます笑
以前のブログ記事やfacebookにも書いたけど、
日本を発つまでの準備期間は本当に大変だった!
結局、フランス電力との契約をせずに出国しちゃったけど、
南仏では穏やかな気持ちで1週間の休暇を過ごせた。
で、
正直、「辛いのはもう終わった、あとは留学生活をエンジョイするのみ」だと思った。
あんなに大変だったんだ、それが続くわけない、と。
結論から言うと、私は間違っていた。残念ながら。笑
リールに到着してからもう2週間が経過してしまって、
今は、泣くくらい辛かったことを友達に笑って話せるようになったけど、到着直後は本当に必死だった。笑
〜乗り越えた困難〜
①ニース→パリ間の移動
バケーション終盤という時期のせいでニースの国内線はごったがえしてた。チケットがうまく発券できなくて発券機とデスクをいったりきたりしてたら、危うくパスポートを失くしそうになった。エールフランスのスタッフさんも忙しくてピリピリしてるし。国内線なのに、保安検査場を通過するまでに1時間半かかりました!
②空港内の駅が見つからない
到着ロビーから駅が遠すぎた。スーツケースの車輪の調子が悪かったから、移動するのも大変。
③駅の機械が全て故障
日本語のサイトでリール行きの電車を予約していたから駅でチケットの発券をする予定だったんだけど、機械が全て故障中。チケットなしでホームに入れてもらえることになったけど、文字盤も故障していたせいで、ホームの番号さえわからない。駅員さんの指示に従ってホームに到着するも、チケットがないから、車両も席の番号も何もわからない。電車から降りてきた車掌さんに調べてもらったものの、わかった時には電車が発車する寸前だったので、自分に1番近い車両に飛び乗らされた。ここで1時間立ったまま待機することを覚悟。
④寮はどこですか?
リールで下車。駅から出るなり、こっちをじっとみてくる不審者がいて、これはなんだ?すられるのか?と心配になったので、ちょっとスピードアップ。ただ、寮への入り口がわからない!
ここだ!とおもって入った建物は、私のとは違う寮だったみたいで、管理人さんに、寮の行き方を聞いた所、
「この3つ先の鉄の階段を、上にあがると見えてくるよ。」
ん?階段?
「えええ、エスカレーターは?」って聞いた所、「あれ動かないんだよね、残念ながら。」と。
さすがの私もここで限界。
申し訳ないが、悪態を付いてしまった。
道を教えてくれた彼にではなく、直面した不運の数々に対して。
「30キロ分の荷物持ってんのに、登れるわけないじゃん!私女の子だよ!?」と。
そんなこと彼には関係ないので、もちろん「しょうがないよ〜、Good Luck」ってかんじで去っていった。もちろん彼にお礼はちゃんと伝えたよ。笑
⑤チャックインは2時間待ち
どうにか寮に到着。ただ入るなり、スタッフさんに「いま混み合ってるあらあと40分待ってて〜」と頼まれる。その時はもう疲れ切っていたので、むしろ笑顔で受け入れられた。寮に到着したことに対する安心感と達成感のおかげ。ただ、やっぱり疲労困憊状態だったので、もう眠ろうとしていた母に電話してこっそり泣いた。寮にくるまでが辛すぎた。重いスーツケース引きずって、言葉も通じない、全く知らない街を一人で歩き回る辛さ、海外経験がある人にしかわからない。(ちがったらごめん)
40分後に戻ってきても、さらに待たされる。計2時間待った。そしてようやくチェックインをした。
他にも、
駅のホームで不審な荷物が見つかったせいで、駅の中に警察がたくさんやってきて、1時間くらい待たされたこと、
休みの日に遊びにきた母と祖母と、寮でゆっくりしていると、同じ階から焦げ臭い匂いが漂うとともに火災報知器がなって、鳴り止まないアラームを止めたくてもフランス語が話せないせいで消防署に電話できなかったこと、(誰かがクッキーを丸焦げにしたらしい)
そのクッキー事件のせいで2日間、部屋の隣の換気扇が大きな音を立てながら回り続けてうるさかったこと、
定期買うのに書類の不備やらで2時間近くかかったこと、
パリの中でも治安が悪いことで有名な北駅で、変な人たちを避けたくて飛び乗ったタクシーでぼったくられたこと、
アマゾンフランスで買い物をしたつもりになっていたけれど実際は何も買えてなくて、うっかりアマゾンプライムの有料会員になってしまっていたこと、
再度、仏アマゾンに臨むも、問題が発生してアカウントが凍結されてしまい、日本から書類を送ってもらわなければいけないこと(ママごめん)、
などなど、山あり谷ありでーす笑
こんなに苦労するの、なんだか久しぶりだなー。
でも、不思議なことに、
必ず誰かが助けてくれるんです。
パリの空港からリールに初めて移動する際、
混乱・不安・疲労が一気に爆発して、駅のホームでちょっぴり泣いた。
スリとか盗難とか怖いし、
フランス語わからないし、
とりあえず荷物がかさばって動きにくいし、
小さい頃から、どんな時も怖気付かない!っていうのが長所だったのに、
今回はさすがに心配でたまらなかった。
私の涙が頬を伝うと同時に、スマホに聖書アプリから「今日の聖書箇所」が送られてきた。
ヨシュア記1章9節
わたしはあなたがたに命じたではないか。強く、また雄々しくあれ。あなたがたがどこへ行っても、あなたの神、主がともにおられるゆえ、恐れてはならない。おののいてはならない。
何度も読んだことがある聖句。
でもこんなに心に響いたことは今までなかった。
そしてなんというタイミングの良さ。
顔を上げて涙を拭っていると、中国人の女の子が話しかけてきた。
おそらく彼女は私を中国人だと勘違いしていたのでしょう。彼女はフランス語は話せるけど、英語は話せなかった。だから、ゆっくりはっきりと「わたしは英語は話せるけど、フランス語も中国語も話せないよ」と伝えていると、
それを聞いていたフランス人の女性(50代くらい?)が、「あなた、もしかして周りに英語を話せる人がいないから困ってるの?わたしのことを頼っていいんだよ。大丈夫だよ。」と、心配して英語で声をかけてくれた。
正直、あとは自分で車掌さんを見つければ電車には乗れそうだったから、その女性に頼る必要はなかったのだけれど、彼女の気遣いが本当に嬉しくて、数分前とは違う種の涙がでた。
自分の席が用意されていない車両に飛び乗ってからは、見知らぬお兄さんが荷物置き場を教えてくれたり、同世代の女の子が隣の席に座らせてくれたりと、みんな優しかった。
大荷物を抱えて階段の前で唖然としつつ、上まで荷物を引きづりあげる覚悟を決めていると、フランス人の若者が声をかけてきた。
駅周辺で知らない人につけられそうになった直後だったから、わたしの警戒心はマックスだった故、わりと強めに「フランス語わからないの!!」と英語で伝えたら、彼は一度去ろうとしたんだけど、
また振り向いて、
「ほら、上に登りたいんでしょ?君の力じゃ無理だよ。笑 あ、そこの彼、僕たちを手伝って!」みたいなことをフランス語で言って(会話文はわたしの推測というか想像だけど)
その辺を歩いてた通行人と一緒に、私の荷物を階段の上まで全て運んでくれた。
消防車を呼ぶときも、定期を買うときも、アマゾンと戦うときも、
必ず、知らない人がやってきて、フランス語が話せないせいで何もできない私を、問題解決まで導いてくれる。
これってなんだかすごくない?
乗り越えられなかった困難が今の所ない。
そして、たくさんの人からの愛を感じる。
段差がある場所でスーツケースを運んでいると、必ず誰かが持ち上げてくれる。
運転手さんや店員さんが何を言っているのかさっぱりなときは、列に並んでいる誰かがすかさずやってきて、英語なりフランス語なりで手伝ってくれる。
寮のスタッフさんには、「君ほど面白くていい子は初めてだ!全く日本人っぽくないけどな!」と言われ、昼から美味しいフレンチとホワイトビールをご馳走してもらった。
アマゾン本社のコールセンターのお兄さん(たぶんオネェ)は「あなた、いい声してるはね、ふふ」と最後に言ってくれたし。笑
怖くて泣いていた私の元にやってきた彼らは、本当に神様から送られてきたんじゃないの?って思うくらい、私が必要としているものを与えてくれる。
言語力も文化の理解も人脈も、全部ぜーんぶ、「なにもない」に近い状態ではじまったフランス留学だけど、
こうやって、毎日色んなことに自分で挑戦して、失敗も成功も覚えて、
たくさんの人と出会って助け合いながら、
信頼、責任、能力、結果なんかをゼロから少しずつ築きあげていってるんだなとすごく思う。
久しぶりのこのかんじ。わりと好き。
そりゃなんども言うけど、大変なことが多い。
でも、0の自分、つまり本当の原点に戻ってきたんだと思う。
そして、この街で、Risaを確立している過程にいるのかな?
きっと、いままでの自分の延長線上から外れる絶好の機会なんだと信じてる!
私が尊敬する恩師は、
「海外では慣れないことばかり。事故の連続。むしろそれを楽しむ気持ちが大切。そんな中に楽しい発見があったりする。くたびれるけど旅は人を大人にする。苦難の山を走破して帰っておいで。」と励ましの言葉をくれた。
半年後どう変化しているのか楽しみ!
正直日本が恋しいからはやく半年すぎちゃって欲しいけどね!
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